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2007年4月 7日 (土)

個人のための集団

いろいろな個性の生徒がいた。顔も、髪型も、性格も、体格も、知能指数も、境遇も、進路も、思想も、趣味も、興味も、発言内容も、何から何までバラバラの衆だった。何十人いるか把握できないくらいの大人数!

みんな自分の意見を言った。親分肌の先生がいた。様々なファッションや文化があった。行動の自由があった。みんな原理原則やルールを守った。

卒業・解散に際して儀式的な集団行動をするハメになり、それに対してみんなの善意は篤志協力を惜しまなかった。

私が一人だけ集団行動できないでいると、傍らにいた生徒が冷静に、怒らずに、すぐに言葉で理論的に説明してくれた。私は集団行動に加わることができた。

その時一人の生徒が思わず声を上げた。「この集団は時間を無駄にしたことがない!」と。私は嬉しくなった。心から満ち足りた、清々しい気分になった。

運がいい。そう思った次の瞬間、パチッと目が開いて気がついた。何だ、夢かよ!がっかりだ。私は集団とは『個人を守る大きな存在』でなければならない、そうでなきゃ集団には美点が無いと常々考えていた。そんな私の想いが理想の集団を夢枕に立たせたのだろうか。

私の個人主義

柔らかい個人主義の誕生―消費社会の美学

鍵穴から見たヨーロッパ 個人主義を支えた技術

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