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2007年5月18日 (金)

謎のトラックバック

自閉世界の記事「テクなき批判者」に新しいトラックバックが付いた。

「挨拶の奨励」という記事からで、サイト名は「挨拶文(あいさつ文)」

このサイトはプロフィールもコメント欄も隠されており、トラックバックも受け付けていない。しかも記事の数が4つしかなかったので、当方ではこのサイトが悪意あるダミーのブログかも知れないと判断して、このトラックバックを削除させていただいた。

「挨拶文(あいさつ文)」管理人様にはご容赦願いたい。

ところで筆者は高機能自閉症という障害に気づいてから、幼少の頃よりずっと違和感を感じてきた挨拶という文化(文化でしかない)に批判的な立場をとってきた。「挨拶の奨励」などという悪意に満ちた記事は許せない。下記の通り、同記事の内容にツッコミを入れさせていただく。

“(挨拶は)知人の間では好感と敬意の表明とも捉えられており”←これは表向き。

“特に笑顔との併用が歓迎される”
↑自閉症者にとっては意味も無く笑われているのに等しいから気持ち悪い。不愉快。

“無表情または無感情な挨拶や、そもそも挨拶さえしないという態度は、「私を嫌っている」「この人は怒っている」などと解釈されがちである。「挨拶をしろ」と怒る人もいる”←自閉症者は人格を否定されてきた。説明も無く、問答無用に。

“初めて顔を合わせる人間に挨拶をしない場合も、相手は「無礼な人間だ」「この人は私と関わりを持つ事を望んでいない」などと考え、落ち込んだり気分を害したりする”←落ち込むのではなく、イジメる

“特に挨拶のコスト(挨拶に使われる時間や労力)が挨拶の利益(摩擦回避や好意)より小さいと感じられる者にとって、挨拶は費用対効果が大きい経済的な投資である”←自閉症者は挨拶に莫大なコストを負担している。そのことに気づかないのは無知・無分別というものである

“人々は「挨拶をするのが当たり前」という環境で育つ。挨拶をしない自由も一応存在しているが、挨拶の是非が討論の対象となる事はない”←こういう現実が道徳的であるとは思えない。礼儀作法は悪意と理不尽の隠れ蓑なのである。法の精神はなおざり。

“それほど挨拶は普遍的に受け入れられている”
↑自閉症者に「死ね」と言っているのと同じである。

同記事では他にも「挨拶は長期的には得だから戦略的である」などとメチャクチャな論理を展開している。冗談じゃない。

挨拶なぞは、本質的には瑣末なテクニックでしかない。それを戦略的だ、枢要だ、などと吹聴する皮相浅薄な勘違い野郎はどこのどいつだ?

私は多数派の理不尽を許さんぞ。
弱者をイジメる瑣末主義こそ死ね。

俗物専用ストラップ↓

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