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2007年5月 8日 (火)

鬼門思想

下の画像を印刷、切り抜いて鬼門封じのお札としてご利用ください↓(宗教とは関係無い在野の鬼門札です)

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日本の家相学で特に不吉な方位とされる「鬼門(と裏鬼門)」。北東から南西へ鬼が出入りするとされ、これらの方位は日本人の間で夙に恐れられてきた。

そのルーツは漢民族が北東より襲来する騎馬民族「匈奴(きょうど)」を畏怖したことにある。

最近では満州より日本軍が侵攻してきたことから、今でも北東を「鬼門」として畏怖する中国人がいるという。

しかし鬼門を恐れる国民といえば取りも直さず日本人である。日本列島は北東から南西にかけて細長い地形になっているため、戦争が起こったときには敵が攻めてくる方角が北東や南西になる確率が高かった。

古代~戦国時代の日本人が北東を鬼門南西を裏鬼門と呼んで警戒したことは想像に難くない。大和朝廷の支配に抵抗した蝦夷(えぞ)は北東にいたし、蒙古の上陸軍は南西から襲来する。近代でも北方領土問題が未解決のままである。

風水で築かれた唐の長安に範をとった平安京では、 北東の比叡山に鬼門封じとして延暦寺が置かれた。

徳川家康のお抱え風水師といえる天海僧正は江戸城の北東に上野寛永寺と浅草寺、南西に山王日吉神社と滝泉寺、芝の増上寺を祀り鬼門を守った。

しかしこのような国防上の思想が、なぜ個人の家相にまで適用されるようになったのか?

近年では「家相における鬼門思想は迷信であるから気にしなくてもよい」とするモダンな家相鑑定士や風水師がよく見受けられるようになった。

そして私が信じている最も合理的な説明は、「日本人はとかく長男に家督を継がせたがるから、長男の方位である北東と、母親の方位である南西を特に大事にしてきた」というもの。鬼門の正体は日本人の価値観だ。

ところで、「鬼門」という不気味な名前の由来だが、最初にこの名前が登場したのは古代中国の神話じみた伝説の中である。その伝説になぞらえて、万里の長城の敵が攻めてくる方位・北東を「鬼門」と呼び警戒したことが鬼門思想の始まりといわれる。しかしこの時点ではまだ「鬼」は「霊魂」を指していた。

その「鬼」が日本で怪物オニとなった理由は実にユニーク。鬼門は北東。北東は別名ウシトラ。だから牛の角&虎柄のパンツが鬼のイメージとなった。ダジャレである。

鬼門の家

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