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2007年11月10日 (土)

新・趣味よさらば

 
 “良い趣味は、才知よりはむしろ判断から生まれる”

                    ラ・ロシュフーコー

 
自分の作品を複雑に発展させようとするとき、少数派の心には迷いが生じる。本当に必要なことなのか?と。

そんなときは迷わず「やる!」べきだ。

周囲のみんなには、つまり多数派の俗物には真贋を見分ける能力など無い。複雑な体系があれば、ディテールが細かければ、何でも認められる。

ホンモノが分かるのは一部の少数派だけなのだからバレるわけがない。安心して見かけ倒しをやるべきだ!

モンドリアンやバウハウスには細部が無いように見えるが、然に非ず。 実は複雑なオトナの誼みで世に出ているのだ。

何でもそうだが、単純な作品は知能の高い人しか発表しちゃいけないという不文律があり、それに気づかない知的障害者はいつまでたっても趣味の域を出ないのである。

博学多趣味な山田五郎が「趣味の世界は年齢や性別や社会的立場を越えて、誰もが平等なんですよ」と嘯いていたが、このような報告は事実無根であり、多数派による社会的欺瞞であると言わざるを得ない。人気者によるオベンチャラ。よくある言論であり、“希望を与える”という種類の社交辞令である。

     通り一遍、“みんな違って、みんないい”w

定型発達の文化では見え透いていればいるほど、
なぜか “しっかりした大人”として高い評価を受ける。
健常者はアホなのである。良心が無い、品が無い。

        多数派よ、いい加減にしろ!

mixi、ブログ、メーリングリスト、同人誌、ミニコミ、講演会、同好会、駅前留学、カルチャー・スクール、子供会、部活、合コン、学園祭、果ては町内のカレーパーティーに至るまで、得してるのは一部のクロウトっぽい高知能者だけである。民主主義はタテマエに過ぎない。

筆者は最近、発達障害者の自助グループに参加してきたが、そこでは知能の高い中心メンバーだけが発言し、平凡な発達障害者たちは最後まで押し黙っていた。

ブログの本には「コメント欄で活発な議論が行われている」と書いてあったが、実際には挨拶程度の当たり障りの無い社交辞令的コメントばかりだ。ウザい。

その実、趣味の世界が平等なんて大ウソなんである。Photo

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