« テクハラ文化 | トップページ | デスノート批判リライト »

2008年8月26日 (火)

デスノート the Last name

前回はアニメ版第2部を批判したが、今回は映画版
第2作『 デスノート the Last name 』について。

本作のラストには、原作にない鮮やかなドンデン返しが用意されているのだが、そのオチが、筆者にはちょっと解せないのである。

スピン・オフの次回作『 L change the WorLd 』への
伏線となる“自己犠牲”に無理があるのでは…!?

 

   ※ここから先はネタばらしになりますので、
      未見の方は読まないでください

 

リュークのデスノートは執事のワタリが、レムの
デスノートは夜月警部が持っている。このような
安全な状況で、なぜエルは「殺されない代わり
に23日後には死ぬという契約を交わしたのか?

エルは死んだフリをしてライトの尻尾をつかんだわけだが、「切り札が死神だったとは予想外」と発言しているので、彼は死神にではなく弥ミサに殺されることを想定していたはずである(弥ミサは本名を知らなくても顔を見るだけで エルを殺せる“第2のキラ”と目されていた)。

…しかしそのデスノートはワタリがスリ替えたニセモノ
 である! ゆえにエルが死ぬ心配は無い

だったらナゼ本物のデスノートに自分の名前
を書いて自殺する必要があったのか

ひょっとしたら、エルはめちゃくちゃカンの鋭い奴で、
「高田キャスターの殺害現場に居合わせたライトが
 デスノートの切れ端を持っているに違いない!」と
そこまで推理・想定していたのか?

仮にそうだとしても、弥ミサがデスノート本体を持って
来る
のだから、ライトが切れ端を使う可能性は低い。

そんな低い可能性に備えて自分の命をあきらめたの?

偽ノートをつかまされた弥ミサに殺されるフリを
するだけで十分だったのではないか?
 

|

« テクハラ文化 | トップページ | デスノート批判リライト »

デスノート DEATH NOTE」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/157368/42276064

この記事へのトラックバック一覧です: デスノート the Last name:

« テクハラ文化 | トップページ | デスノート批判リライト »