くたばれ!多数派

2009年5月21日 (木)

箱(くるねこストーカーのマネw)

この記事のコメント欄は、多数派と少数派が
対等に語り合う場です。

今後、議題が増えるようなら記事ではなく
カテゴリーにしたいと思います。

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2008年11月19日 (水)

知るを楽しむな

安倍前首相は“ KY(空気読めない)”と責められたが、
今の麻生首相は“ KY(漢字読めない)”と揶揄・軽蔑
されてる…。
 

「麻生総理はなんで漢字を読めなかったの?」
「それはね、きっと漫画に載ってない漢字だったんだよ」

などと、アメリカンジョーク まで作られる始末…(笑)

 
具体的には次のような読み間違いをしたという。
 

有無(うむ) → ユウム

怪我(けが) → カイガ

思惑(おもわく) → シワク

頻繁(ひんぱん) → ハンザツ

詳細(しょうさい) → ヨウサイ

踏襲(とうしゅう) → フシュウ

未曾有(みぞう) → ミゾウ

措置(そち) → ショチ 

前場(ぜんば) → マエバ

実体経済(じったいけいざい) → ジツブツケイザイ

決然(けつぜん) → ケゼン

見地(けんち) →  ンカ (…!?)

基盤(きばん) → キハン

 
…まぁ、すごい読み間違いですねぇ。

学習院大学卒(!)の麻生太郎がここまで漢字を読めないのは確かに驚きだが…しかし、みなサン!

そんなシリアスに批判するほどのことですか?

知識なんて、どこがそんなに大事なの?

日本で暗躍したソ連軍のスパイ、リヒャルト・ゾルゲが
日本の要人から機密を訊き出す際に用いた殺し文句
が「あなたは知らないのですか?」である。

 
プライドを傷つけられた日本人の高官は

「そそんなことはない(>_<) ちゃんと知ってるよッ(汗」

とばかりに自分の口からペラペラと国家の重要機密
漏洩したという!

この手法が一番よく効いた相手は日本人だったと
ゾルゲ自身が語っている。

筆者も長年日本で暮らしてきて、「知らない」と言えない異様な“空気”を肌で感じ、違和感を覚えることしばしばであった。

「知らない」「出来ない」などと言えば本気で嫌われる!

みんな 目を覚ませ知らないことは馬鹿じゃない

英語もパソコンも出来なくたっていいんだよ、本当は。

テクハラする奴が悪いんだ! 馬鹿なスノッブ!!

「教養」とは、知識や技芸そのもののことではないぞ!

真のリーダーに求められる資質は判断力なのであって瑣末なスキルなどでは断じてない! そんなものは事務方(プロ)にやらせればいいのだ。

簡単な漢字は読めて当たり前という ジョーシキ<`ヘ´>
ジョーシキで判断するような奴はリーダーの器じゃねぇ。

ジョージ・リークツ監督はジョーシキで判断しないから
知能が低くてもジヘーメーソンの総長なんだよッ!

理不尽な多数派の社会では “記憶型”の才能が
幅を利かしてるらしいが、本当の本物のリーダー
には“思考型”の才能を求めるべきだ<`ヘ´>

“記憶型”の俗物エリートは現場で働け!!

思考停止したヤツが大きな方針にまで口を出すな!

JM総長サマに知識なんて要らねぇーんだよ。
定型発達の下種ヤローは黙って自閉エリートに従って
いればそれでいいんだ。 わかったか、ボケ!<`ヘ´>

 

 “良い趣味は、才知よりはむしろ判断から生まれる”

                    ラ・ロシュフーコー

 

            <`~´>y-゜゜゜
 

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2008年11月 5日 (水)

小室哲哉

   “人を許すときが、自分を高めるときですから”

                      菊池弁護士

 
みんなの人気者だった小室哲哉。 5億円詐取を認め、逮捕されてしまった。有罪である。

小室ファミリーや浅ヤンとえば、ノーテンキな
多数派文化の象徴だったのに…。

筆者としてもショックである。 他人の不幸は喜べない。

そりゃぁ、重大な法律違反を犯したんだから、その分は償ってもらわなきゃ困るけど、でもこれでマジョリティーのみんなは小室哲哉のことを嫌いにならないでほしい。

彼はツイていなかった。 かわいそうだ。

人間、追いつめられれば誰だって「魔が差す」に決まってる。 筆者だって雪山で遭難したら 仲間を殺して でも
生き残ろうとするはずだもの。

だから健常者や多数派のみなさんは、小室哲哉が出所したら以前と変わらぬ好意を寄せてあげてください。

J-POPが大嫌いな 少数派からのお願いですm(__)m

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2008年10月 9日 (木)

くるねこファンの本性

>彼奴の障害がどこまでのものか、本当に障害なのか
>全く分かりませんが、あれは多分一生治りません。
>あんな人間もいるんですよね。
                         半可通

>あちらはこれから炎上しそうだけど!
>WWWWWWW
                       ねこやなぎ

>彼は自分で収入を得てないし
>仕事もできる能力もないし
>毎日が暇だから誰でもいいから
>とっ捕まえて話がしたいんだろうね!
>格言!「バカにつける薬」はない!」(笑)
                          ばんばん!

>他の※でも同じ様な事書かれていたけど
>あのONは一番キモい!
>近所にいたらいやだな。
>怖くて歩けないよ!
>Nリストさんも友達なのかしら!
>だとしたら...........。(焦)
                     miyuki

>この人も何か変な人みたいで
>気持ち悪い!(怖)
                  ぴー子

>今し方、一連の書き込みを拝見いたしました。
>助けられなかった仔猫たち、本当に残念でしたね。
>そして、一部の方に叩かれてしまう結果になった貴方
>に対しても、気の毒な気持ちでいっぱいです。
 
                          くる
                     (漫画『くるねこ』作者)

 

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2008年7月21日 (月)

多数派の消費

      猫グッズ、あまり買わないのですよ。
   近所にコジャレたペット商品を扱ってるお店が
       ないっていうこともありますが…。
   いただき物では、トンボのオモチャやキャット
     ニップ入りのクッションがヒットでした。
             -中略-
       「ひも」なら喜んでじゃれてくれる、
        チョー安上がりなニャンズです。

 
以上は猫を飼っているJM会員ハッブル氏の言である。

そういえば 『くるねこ の漫画に出てくる猫グッズも、
概して “もらい物” である。(…断定 orz)

想像するに、彼ら猫愛好家の間では「市販の猫グッズを買うような奴はテクの無いバカ だ」という暗黙の了解があるのではないか。(下種の勘ぐり?orz)

さて、実際にハッブル氏や『くるねこ』の作者にそんな
悪意があるとは思わない(後で聞いたが『くるねこ』に
“もらい物”の猫グッズが登場したのは2回だけなのだ
そうだ)が、ここから先は筆者が想定している“ケチな
俗物
”について批判する!

              (-。-)y-゜゜゜

しばしば見受けられる多数派の特徴的なコミュニケーションの一つに 「消費が少ないことを自虐的なニュアンスで報告する」 というものがある。

ウチなんか○○で済ませてるんですよぉ、テヘヘッ(^_^;)

         …実に見え透いている!

              (;O;)

あるテレビ番組で、何億も稼いだ宇多田ヒカルが購入し
た 最も高いモノが4万円と聞いて愕然とした。

これは経験的に分かっているコトだが、自己実現ができ本当に充実している人というのは物欲が無くなり、やたらとプロダクティビティー旺盛な態度になる。

消費やギャンブルにのめり込む人というのは実は一番
自分の好みを体現できていない人なのである。

パソコン上級者はパソコンを買ったりはしない。
自分よりスキルの低い“友達”から譲り受けるのだ。

カネを使わず、他人にカネを使わせる。

英語が上達する人は端からNOVAへ行かない。

本当に好きな分野には、あえて投資しないことだ。
自己実現の鉄則である!

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2008年6月16日 (月)

続・ルサンチマンの孤独殺人

 
  “ 美しく なんかな て、 優しく もできな て、
   それでも呼吸が続くことは許されるだろうか ”

                  加藤智大 容疑者

 

引用したフレーズは加藤容疑者が自分自身について
述懐したものである。

アキバ通り魔事件について書いた前回の記事では
閲覧者の方々とコメント欄でやり取りすることができ、
その中で「殺人」という行為が普遍的な「悪」かどうか
を問われた。

筆者としては弱者や被害者が復讐した場合、斟酌の余地があると思う。

それどころか、個人的には大いに同情する。

例えば、重症の親の介護に疲れて殺してしまった場合、犯人に悪意や怠慢があっただろうか?

あるいはまた、サンドピープルの女性や子供まで虐殺したアナキン・スカイウォーカー青年を、まるで理解できぬ異常者と思うか?

多数派、定型発達者、世のスノッブたちは得てして、
「これは理屈抜きに悪い!」と一方的な感情論で責
め立てる。

理由は言わない。議論もしない。…頭ごなしである。

礼儀作法や、ジョーシキや、躾けと同じで、ノーリーズンなのである。

「なぜ人を殺してはいけないのか?」など、考えたこともない。

  “おもしろいね。君たち地球人は組織的な暴力を
   認めて戦うくせに、個人となると全員一致で否定
   するのか”
                  ミスター・スポック

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2008年6月13日 (金)

ルサンチマンの孤独殺人

 
     “人と関わりすぎると怨恨で殺すし、
      孤独だと無差別に殺すし、難しいね”

                  加藤智大 容疑者

 

ランボー、八墓村、ブレイブ・ワン、狼よさらば、コロンバイン高校銃乱射事件。

…追いつめられた薄幸者による“ワンマン・テロ”。

 
今月8日にもそれは起こった。
秋葉原の歩行者天国で通り魔事件が発生。7人が命を奪われる無差別大量殺人となったが、犯人の加藤智大容疑者(25)の経歴が、筆者にそっくりなので驚いた。

いや、経歴だけではない。
孤独、不満、嫌悪、挫折、絶望、怒り、焦り、苦悩…。

本質的に筆者と同じ境遇だと感じた。

加藤容疑者は作業着のツナギが無いと言って激昂したらしいが、筆者もかつて怒って工場のロッカーを壊したことがある(-_-;)

ニュースを見たウチの家族が「アンタにも似たようなところがあるから恐い…」と吐露した。

たしかに筆者は キリスト教的 奴隷道徳 の権化であり、
いつも理不尽な多数派への処罰感情を募らせている。

中学生時代には「コイツ、人殺すんじゃねぇか?」などと言われたこともある。

2007年に米バージニア工科大学で32人を射殺し、アメリカ史上最悪の銃乱射事件を引き起こした韓国人学生チョ・スンヒ容疑者は、犯行の合間にメモや手紙をしたため、自分の周囲にいる他の学生たちのことを「道楽者」とか「俗物め」などと揶揄していた…って、

 
 まんま 『自閉世界』と一緒じゃねーかッ!

 
             (-_-;)

 
社会に強い復讐心を持ち、自分の人生と引き換えに
彼らの幸福を奪い、世間の話題をさらって自己顕示する“一人テロリスト”…。

オデは そんなものになるつもりはないが、それでも
真摯に生きることを捨てようかと悩む日々である…。

狼よさらば

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2008年3月11日 (火)

シニック・センス

 感性っていうのは、嫌悪感のあるモノとか、自分の
 嫌いなモノを入れていかないと、その人は年を取る”

                        テリー伊藤

 
橋下府知事のあまのじゃくな5歳の次女が、名前を書かれた者に死が訪れるデスノート(を模ったパンフレット)に「パパ」と書いた(!)話に、筆者は大いに笑ったw

本当に頭のいい子だと思う(^u^)

しかるに批判的な風刺やパロディー、ブラック・ユーモアといったものは、特定の人たちを大いに笑わせる一方で、しばしば社会の多数派を怒らせてしまう(-_-;)

みんなの文化(即ち集団主義)では、正しいことを言った功績よりも、多数派の嫌がることを言った罪の方が重い。

マイナス要因からも目を背けずに、ダメなものはダメと笑い飛ばすシニックな風土が多数派(特に日本人!)には無い。そんなセンスは皆無なんである。

料簡の狭い多数派にとっては、グサッとくるような“センス・オブ・ワンダー”は悪趣味なのである。そーゆー文化なのだ(-_-;)

大勢の評価を受けるものは概して、毒にも薬にもならぬ当たり障りの無い、ジョーシキ的で、デントー的で、お子様ランチ的な、結果よりも人間関係を重視したような、IQは高いがセンスの悪い、アホで下世話な噴飯モノばっかり!

遊び心は理解されない。論理的なジョークは嫌わ
れる! 多数派は圧倒的に無粋なのだ。

ニコやかな冗談を隠れ蓑にして、悪意や敵意をそれとなく臭わせる、徹底してノンバーバルな文化の多数派(特に日本人!)には、純粋に冗談を冗談として楽しむ良識など無い。

英米では批判的な作品が“深い”と評価されるが、日本では曖昧な作品が“深い”と勘違いされる。民度が低いのである(-_-;)

自分の知っている範囲のことしか許容できない狭量さ、価値観の違う人や弱い立場の人とは仲良くしない偏狭さ、「場の空気」に従わない皮肉屋を誤解して排斥する無理解さ、こんな奴らに本当のユーモアなど分かってたまるか!

シャレにならない「暗黙の禁忌」「社会的タブー」を、あえてシャレにするオシャレが分からない野暮で下衆いヤツらが、ただマジョリティーってだけで本物の分かるエリートづらすんじゃねぇよッ!

本当にクォリティーの高いユーモアを知りたければ、

      発達ウォーズ を読め!

コメントも書け!自閉世界は読み逃げ禁止じゃ<`ヘ´>

プラス思考にうんざりしているあなたへ

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2008年2月24日 (日)

正しいヒエラルキー

強者は謙遜しなければ下種だが、弱者はハッキリものを言って社会に対し批判と要求をしなければならない。それこそが本当の、本来の教養だ。

遠慮は要らぬ。存分に語れ。

ピラミッドでは大きくて重い石ほど底辺に使っている。

“強者は下に、弱者を上に。” 当たり前の静力学だ。

いわんや「パワハラ」するなぞ、沙汰の外である。

あえて批判を甘受する態度こそ、真の品格だ。

礼儀にうるさい人間ほど下品なモノは他にあるまい。

我々は、すべてに議論を尽くすべきだ。 KY歓迎!
 

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2007年11月 9日 (金)

くたばれ!リピーター

発足から1年余、自閉世界は順調にアクセス数を伸ばしてきた。ところが、例の「エピソード3」を投稿した途端、アクセス数はガタ落ちになった。

いつもの三分の二ぐらいに落ちた。このままずっと見放されていくのかなぁと思っていたら、めちゃくちゃテキトーに書いた「働きマン」の記事でよもやの急回復!

その後もアクセス数は上昇を続け、再び右肩上がりの成長を始めた…と思ったら「ジヘイの騎士」の記事を投稿したところ、再びガタ落ち!今度はいつもの半分くらいにまで落ち込んだ。

おまいら、よっぽど「発達ウォーズ」が嫌いなんだなッ!

             <`ヘ´>

ま、どっちにしてもこの一年で自閉世界というサイト自体が、すっかり嫌われブログになっちゃってるコトは確かである。何故かというと、当サイトが始まって以来ずっと、リピート率が右肩下がりに落ち続けているのだ。

いや、いや、待てよ。

よ~く考えてみれば、自閉世界は個人主義をテーマにしたブログなのだから、常連客より一見さんが多いというのは本望じゃないか。

くたばれ!リピーター。

お前らなんか居なくても寂しくないぞ!Photo_2

今月18日、EP3の第2話(トートロジー!orz)を投稿の予定。お楽しみに!(?)

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2007年10月20日 (土)

人気ブログへの道

こんにちは。
自閉世界の新しい管理人ヤングニックです。

批判的だった自閉世界は明るく生まれ変わります。

みなさまの誤解や反発を招くような断定的意見や、礼儀をわきまえぬ放言など、従来の自閉世界の問題点を総点検し、これからは定型発達者のみなサマに喜んでいただける多数派向けブログへの改革を断行する所存でございます。

まずは自閉世界のアクセス数を下げている問題カテゴリー「発達ウォーズ」を削除、代わりに大好評の「風水・家相のテクニック」を拡充いたします。

これからは無味無臭、没個性的な、みんなが得する
博学ブログへリニューアル!

タイトルバナーの陰気なデザインも変更し、みなさまの目に優しいパステルカラーの明るい花柄デザインにします。

「自閉世界」という内向的でネガティブなタイトル自体も、「自閉症に負けないblog!」というポジティブなものに改めさせていただきます。

また記事の内容も見直し、世間に対する不平不満を書かないように十分配慮して参りますので、エリート層のみなサマもどうぞ安心してご高覧くださいませm(__)m

これからは“人に好かれるブログ”を目指して鋭意努力研鑽して参りますので、どうか今後とも当サイトをご愛顧のほどよろしくお願い致しますm(__)m

くたばれ!少数派。
真実に価値なぞ無いわッ!
大人なら、得することだけを考えろ!

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2007年10月 1日 (月)

くたばれ!閲覧者たち

「発達ウォーズ」のアクセス数は、相変わらずゼロに近い。

アクセス解析を見ていると、自閉世界の閲覧者サンたちの教養レベルが分かる。

お前ら、「風水・家相のテクニック」ばっかり読みやがって。

タダ、タダ、具体的なノウハウを得たいだけなのか!

しかもあれだけの人数がいながら、コメントする奴は皆無に近い!ほとんどの閲覧者サンたちは“読み逃げ”である。ミクシーだったら嫌われるぞ!

ちゃんと議論する気はないのか!?

世の中の不正を正す気はないのか!?

野蛮な俗衆を啓発・啓蒙する気はないのか!?

ジヘイ・パトロンに正義感やモラルはないのか!?

え! どうなんだ!

くたばれ!閲覧者。
得することばっかり考えやがって。
社会的弱者を助けろ、バカヤロー!

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2007年8月17日 (金)

プリンシプルのない俗物へ

“法律にのみ服従する政体が最良の政体である”
                       ヴォルテール

昨夜、テレビ東京系「木曜洋画劇場」2000回記念として放送された『戦場にかける橋』。

この映画、筆者は子供のころに観たことがあるが、
当時の筆者にはサッパリ意味が分からなかった。

スレた大人になった今、改めて『戦場にかける橋』を観た。堪能した。

アレック・ギネス(オビワン!)演じる誇り高き英国軍人ニコルソン中佐の高い教養に感銘した!

   彼は筆者と同じ “ジヘイの騎士” だ!

日本軍の捕虜となったイギリス軍将兵たちは橋梁の建設を命ぜられるが、イギリス軍医は「大隊長、日本軍のために立派な橋を建てるのは利敵行為です」とボヤく。

しかしニコルソン中佐は「国際法上、捕虜には働く義務がある。私は君にも部下にも誇りを持ってほしいんだ」と言い放つ。

何という理性だろう。日本軍や定型軍(タマダ軍)とは大違いだ!

こういう正しさこそが真の教養。ホンモノの見識である。アカデミックな知識や礼儀作法が教養だと思い込んでいる多数派諸君には、ぜひ見習ってほしい。

さらに中佐は「規律に違反することは文明を否定することだ」 とも言っている!

 『 戦場にかける橋、自閉映画に殿堂入りーッ。
                 ソロモンの王宮口調

 

プリンシプルのない日本―プリンシプルは何と訳してよいか知らない。原則とでもいうのか。

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2007年8月 7日 (火)

好かれる人、嫌われる人

“日本人の社会では、真実や論理的整合性を求めるよ
りも、その場の「空気」を掴むことが大切であり、世の
風潮に合わせて生きることが有利であり利巧でもある”

                         堺屋太一

 
好かれる人とは、感情を満足させる人のこと。
嫌われる人とは、感情を逆撫でする人のこと。

前者は八方美人でも許される
後者は誠意であっても許されない

「人間関係」は「感情関係」だから、そこに理性や哲学は無く、ただ人の心があるだけだ。

学識豊かな人でも、凡人と同じように怒ったり、嫉妬したりするのはなぜだろう?

ノーベル賞学者でも感情の激しさはみんなと同じであり、知能が高いことと見識が正しいこととは全く比例しない。むしろ反比例すると言っても過言ではないのではないか。そこらの学者より筆者の方がよっぽど理性的だ。

感情にとらわれず誰に対してもニュートラルな態度で接し、立場や利害に関係なく同じ眼の高さで意見を言い合い、自分に不利なことでも正しいことは受け入れる。といったことはノーベル賞学者でもやらない。やったら
タダの嫌われ者だ。

みんなは普遍的な教養よりも社会的な礼儀を尊ぶから、原理原則は要らない。モラルは無い。理屈は通じない。正しければ嫌われる!

清き水に魚棲まず。弱者を守るなら自分が嫌われ者になる覚悟が必要だ。

みんなに好かれる人 避けられる人

お金に好かれる人 嫌われる人

人から「好かれる性格」の共通点

香りで好かれる人匂いで嫌われる人

ポチ・たまと読む 人を好きになる技術 人に好かれる技術

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2007年7月12日 (木)

勉強する理由

弱者が初めて自己主張を始めた!
と筆者を大いに期待させた「だめ連」。

実は幹部が高学歴者ばかりで、一般の「界隈(かい
わい)」と呼ばれるメンバー(本物の弱者)とは 話が
合わず、活動休止になってしまった。

少数文化で啓蒙するのに、テクが要るという矛盾!

そういえばグラフィックで有名なMacパソコンの広告に、実に皮肉なキャッチフレーズがあったっけ。

ウロ覚えだが、次のような内容だったと思う。

「アイデアやセンスはあるのに、それを表現するだけの技術に恵まれない若者が多く、せっかくの才能が埋もれている。そこで、難しい部分はMacが肩代わりします!」

こんなこと言われたら、テクの無い若者は飛びついちゃうだろう。単純労働で得たバイト代を全部つぎ込んで夢を買うだろう。愚か者である。

でも筆者がMacユーザーなのは自分の意思だよ!Photo_123

結局、少数派が多数派を説得するには、少数派自身が多数派と同じテクを身につけるしかないのが現状だ。

しかしテクを身につけた後もずっと少数派でいられる人がいるだろうか。

一度チヤホヤされる快感を味わったら正義など吹っ飛んでしまうだろう。現状を変えたいなんて思わなくなるだろう。金持ち革新せず。

もしも筆者に子供がいたとして、その子が「お父さん、どうして毎日勉強しなきゃいけないの?」と質問してきたら、筆者は次のように答える。

「弱者を守るために勉強するんだよ。テクのある奴にはテクで対抗するしかないんだよ」

出撃!クロート・トゥルーパーズ

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2007年6月19日 (火)

合理性の不合理?

自動車税は年間4万円前後。ガソリン代も同じぐらいかかる。自動車保険料は年間3万円以上。車検代は年にして5万円。

要するにマイカーの維持費は年間16万円以上。

さらにクルマ本体の月賦払いを合算すると年間…

         考えたくもない!

筆者も一応男の子だからクルマは好きなのだが、
不経済なので自分では所有しないことに決めている。

負け惜しみじゃないぞ!

合理、論理、原理、道理、正理、義理、哲理、真理…。とにかく理屈の正しさが全てなのだ!クルマは持たんぞ!

でも自閉ネコの記事を書いていて少し気持ちが揺らいだ。打算的にペットを飼わないでいるのは寂しいことだ。正論でも寂しい。

寂しい、寂しい、あぁ寂しい!

筆者はケータイを持たない。タバコも吸わない。旅行もしない。映画も滅多に観に行かない。コンサートは数年に一度である。外食はよくするが、これは自炊の手間を省くためである。生まれつきエネルギーの低い自閉人は24時間省エネに努めていなければならない。

今後はブログを書くのもやめて、インターネットも解約して、新聞も取らず、本や雑誌も買わず、洋服や家電も買い換えず、テレビも観ず、仕事以外では誰とも会わない。会えば五厘の損がゆくからな。

理屈の正しさを徹底的に優先させると、
あれもムダ、これもムダ、全部ムダ!色即是空である。

無の境地に至ってハタと気が付いた。合理・不合理は相対的なものなのだ。上には上があるから、それと比べている限り相対的に不合理であり続ける。

逆換すると、常に自分より不合理なモノと比べていれば、ずっと合理的でいられる!

結論、定型サンたちと仲良くしよう。宥和政策である。 これぞ究極の打算だ! <(`^´)> シテヤッタリ

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2007年6月15日 (金)

ヒッピーの正体

自閉世界はカウンターカルチャーだとの呼び声も高い。

確かに既存の価値観や教育制度に疑問を持ち、因習を拒絶し、ブルジョワやアカデミズムを批判し、歴史に 立脚せず、精神性やSFに興味を持ち、映画のカタストロフに感激し、オルタナティブ・ミュージックに傾倒し、前衛美術を愛し、風水などの東洋哲学を尊重し、自然や弱者を擁護し、自由と博愛を旨とし、のんびり私生活を楽しむ平和な個人主義者といえば…オデだぁ!

何のことはない。ヒッピーの正体は自閉症だったのだ!

注1:コメント欄に注釈があります。
注2:ヒッーは自閉症と直接関係ありません。念のため。

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2007年6月14日 (木)

消費者スクール

英会話学校最大手「NOVA」に一部ではあるが業務停止命令が下ったことは、玄人志向の俗世におき画期的大岡裁きである!

筆者の家族の友人で某英会話スクール勤務の女性がいるが、彼女が言うには「あんな授業受けたって、英語しゃべれるようになるわけないでしょ(ワラ)」

そういえば某伯爵の父親もイー○ンの社長だっけ。

無試験で入れる学校、偏差値の低い大学、在野の勉強会、素人向けのレッスン等に教育は無い。皆無だ。

筆者は障害者の作業所を「障害者のレジャーランド」と揶揄したが、無試験の学校なぞは「消費者のレジャーランド」である。単純エンターテイメント!

最初から「これはエンターテイメントです」と表示すべきだ。看板に。

あるいは有料のオトナの社交場という見方もできる。

タダで教えくれるサークルなども禁物だ。タダと言えば聞こえはいいが、その実アマチュアが自分より知能の低い素人を訓蒙して自らの趣味の実現を図っているだけのこと。本当の知恵は絶対に教えない。アマチュアなのに企業秘密を持っているのだ!

NOVA」の違法行為の中には、説明が虚偽で予約が取れないということがあるが、筆者も自動車教習所で予約が取れず苦労した。業者は大したことじゃないと思っているのかも知れないが、利用者はソレで人生を狂わされることだって多々ある!
結論、IQの低い人は学校なぞへ行かぬこと!

英会話スクール・悪のマニュアル

NOVA商法の魔力―“急成長”のカラクリとトラブル解決法

英会話学校のレッスンここが間違い

元をとる!英会話スクール120%活用法

英会話学校に行かない人ほど、うまくなる

英語は絶対、勉強するな! 中級編―学校行かない・お金かけない・だけどペラペラ

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2007年6月 7日 (木)

予定説

定まっていることに安心する合理主義者は、みんなから冷たい人と思われている。

誤解するなよ。合理主義者こそ一番ナイーブでお人好しなのだ。毒舌する皮肉屋さんこそ一番シャイで繊細なのだ。

筋が通っていて何が悪い? ルールを守るのは幼稚?

理不尽には理不尽で返そう。これからは健常者のことを“変節発達”と呼ぶことにする。問答無用だ。お前らは議論したくないんだろ。

しかし平和の民・自閉人の間では、すべてを話し合いで決めよう、定めよう。曖昧を排除して、すべてをハッキリさせよう。悪感情を抑えて、理性で判断を下すのだ。みんなで平和に暮らしていくために。

東京が自閉都市なら、ニューイングランドは自閉連邦。

マクドナルドが自閉料理なら、サブカルは自閉モデル。

変節発達の正義たる精神性、土着性、歴史性、神話性、因習性、迷信性など、百害あって一利なし!もしも「罪」だけを破壊できる核爆弾があったら、礼儀正しい健常者の頭の上に落としてやる。

自閉文化こそ普遍の正義なのだ。

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2007年6月 3日 (日)

本物の正体

ソロモン流なんかに出てきそうなコトバ↓

「ホンモノを知らなきゃいけないのよ。メッキはすぐに剥がれてしまうからね。ムッフッフッ(^0_0^)」

多数派がシタリ顔で“ホンモノ”と呼んでいるもの、その正体は“ディテールの細かさ” “プロセスの複雑さ” “技術水準の高さ” “周知の広さ”である。

“コストの高さ”というファクターもあるが、これは遊び心にも通じるので批判の対象ではない。

多数派は皮相浅薄、視野狭窄で、物事の本質が見えない。「木を見て森を見ず」という諺は、まさに彼らのことを言っているのである。

TVチャンピオンそっくり人形選手権の決勝戦では「亀田興毅の人形」作りを競った。製作過程では作業をアップで映すので作品の全体像は分からない。

細緻な加工作業の映像に、その技巧を説明するナレーションが加わって、それはそれは凄い作家であるという印象を受ける。まさに説得力!

ところがである。

完成した作品の映像が出ると印象が一変する。似ていないのだ!

優勝作品は芸人の はなわ にしか見えないし、準優勝作品もゴジラの息子ミニラにしか見えない。それを審査員の誰も批判しない(!)。審査員長ともいえる亀田興毅関係者・やくみつる ですら、お追従を言ってその場をやり過ごしてしまった。空気読むよ!

変節発達、いや、定型発達の自認セレブたちよ。自分のアタマで判断する能の無いシンプル・リポーターたちよ。お前らのぶつ“ホンモノ”とやらの正体なんざ、九分通り“マガイモノ”なんだよ。

偽物、眉唾物、中身はゲテモノ。後生大事な妄想品…もとへ 模造品なのさッ。

本物が分かるのは一部の少数派のみ。無知蒙昧な変節発達…もとへ定型発達の徒には、エラそうにモノの価値や原理を語る資格なぞ無いわ。

恥を知れ、健常者! バカ!

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2007年5月18日 (金)

謎のトラックバック

自閉世界の記事「テクなき批判者」に新しいトラックバックが付いた。

「挨拶の奨励」という記事からで、サイト名は「挨拶文(あいさつ文)」

このサイトはプロフィールもコメント欄も隠されており、トラックバックも受け付けていない。しかも記事の数が4つしかなかったので、当方ではこのサイトが悪意あるダミーのブログかも知れないと判断して、このトラックバックを削除させていただいた。

「挨拶文(あいさつ文)」管理人様にはご容赦願いたい。

ところで筆者は高機能自閉症という障害に気づいてから、幼少の頃よりずっと違和感を感じてきた挨拶という文化(文化でしかない)に批判的な立場をとってきた。「挨拶の奨励」などという悪意に満ちた記事は許せない。下記の通り、同記事の内容にツッコミを入れさせていただく。

“(挨拶は)知人の間では好感と敬意の表明とも捉えられており”←これは表向き。

“特に笑顔との併用が歓迎される”
↑自閉症者にとっては意味も無く笑われているのに等しいから気持ち悪い。不愉快。

“無表情または無感情な挨拶や、そもそも挨拶さえしないという態度は、「私を嫌っている」「この人は怒っている」などと解釈されがちである。「挨拶をしろ」と怒る人もいる”←自閉症者は人格を否定されてきた。説明も無く、問答無用に。

“初めて顔を合わせる人間に挨拶をしない場合も、相手は「無礼な人間だ」「この人は私と関わりを持つ事を望んでいない」などと考え、落ち込んだり気分を害したりする”←落ち込むのではなく、イジメる

“特に挨拶のコスト(挨拶に使われる時間や労力)が挨拶の利益(摩擦回避や好意)より小さいと感じられる者にとって、挨拶は費用対効果が大きい経済的な投資である”←自閉症者は挨拶に莫大なコストを負担している。そのことに気づかないのは無知・無分別というものである

“人々は「挨拶をするのが当たり前」という環境で育つ。挨拶をしない自由も一応存在しているが、挨拶の是非が討論の対象となる事はない”←こういう現実が道徳的であるとは思えない。礼儀作法は悪意と理不尽の隠れ蓑なのである。法の精神はなおざり。

“それほど挨拶は普遍的に受け入れられている”
↑自閉症者に「死ね」と言っているのと同じである。

同記事では他にも「挨拶は長期的には得だから戦略的である」などとメチャクチャな論理を展開している。冗談じゃない。

挨拶なぞは、本質的には瑣末なテクニックでしかない。それを戦略的だ、枢要だ、などと吹聴する皮相浅薄な勘違い野郎はどこのどいつだ?

私は多数派の理不尽を許さんぞ。
弱者をイジメる瑣末主義こそ死ね。

俗物専用ストラップ↓

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2007年4月 7日 (土)

個人のための集団

いろいろな個性の生徒がいた。顔も、髪型も、性格も、体格も、知能指数も、境遇も、進路も、思想も、趣味も、興味も、発言内容も、何から何までバラバラの衆だった。何十人いるか把握できないくらいの大人数!

みんな自分の意見を言った。親分肌の先生がいた。様々なファッションや文化があった。行動の自由があった。みんな原理原則やルールを守った。

卒業・解散に際して儀式的な集団行動をするハメになり、それに対してみんなの善意は篤志協力を惜しまなかった。

私が一人だけ集団行動できないでいると、傍らにいた生徒が冷静に、怒らずに、すぐに言葉で理論的に説明してくれた。私は集団行動に加わることができた。

その時一人の生徒が思わず声を上げた。「この集団は時間を無駄にしたことがない!」と。私は嬉しくなった。心から満ち足りた、清々しい気分になった。

運がいい。そう思った次の瞬間、パチッと目が開いて気がついた。何だ、夢かよ!がっかりだ。私は集団とは『個人を守る大きな存在』でなければならない、そうでなきゃ集団には美点が無いと常々考えていた。そんな私の想いが理想の集団を夢枕に立たせたのだろうか。

私の個人主義

柔らかい個人主義の誕生―消費社会の美学

鍵穴から見たヨーロッパ 個人主義を支えた技術

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2007年3月15日 (木)

不本意の誓い

沢山ある健常者の趣味の一つに「努力すること」がある。といっても本来の努力とは少し違っている。

勉強したり、運動したり、トレーニングを積んだりすることを「努力する」と呼んでおり、その多寡を根拠に人格の良い悪いまで判断している。文化の違い・価値観の違い…。

しかし本当の努力とは忍耐だ。思い通りにならないこと、つまらないことに耐えることだ。知能の高い人が勉強したり、体力のある人が運動したりするのはタダの趣味であり、我欲を満たして快感を得ているだけ。

寝たきりの障害者に価値を見出さない浅はかさ。生まれつきエネルギーが大きいだけの人を「善智識」と誤解してみんなでついて行く恐ろしさ。人間性よりも生産性で人格を評価する見識の低さ。

カリスマ信奉・弱い者イジメが礼儀作法の本質だと言ったら、社会性の強い健常者から怒られるだろうか…。

とにかく努力するなら本当の努力をしたい。「陰徳を積む」ではないが、カリスマやオピニオンリーダーには出来ない真の努力をしなければ結局は満たされない。

障害者が健常者と同じ自己実現をすべきとする旧態依然の福祉のあり方に疑問を感じる。

こころの痛み―どう耐えるか

派遣社員 セクハラに耐える女たち

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2006年11月13日 (月)

七つの大罪

スペインで3人の修道士が儀式を行い、自分の体から「悪徳( 七つの大罪 )」を吐き出した。すると3人は白痴のような状態になり、数日後には衰弱死した。陶酔したような穏やかな顔で…。

人間が生きていくためには悪徳が必要なのか? 幸せな善人とは白痴のことなのか? 私が人生について深く考えさせられた逸話である。

いじめられっ子の自殺はいじめっ子の生存のために必要な犠牲だったのか。考えると怖くなる。いい加減にチャランポランに生きていく方が得だろう。悪を許すか…。

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