恋愛・結婚・仕事

2009年4月 4日 (土)

俗物ベッキー

筆者の大嫌いなベッキーが、「恋愛しない」と宣言したので驚いた。

昨日のTBS『金スマ』である。

メチャクチャ空気読みまくり、決して本音や我を出さず、いつもニコニコ、何を考えているか分からない、典型的多数派、集団主義者、優等生、人気者であり、筆者からずっと白眼視され続けてきたベッキー。

そのベッキーが、いつになく自分の意見(みんなと違う意見!)を言って我を通したのでビックリしたのである(;O;)

しかも最後に恋愛したのが何年前だったかを問われても、絶対に明かさない。

「それだけは言わない」と言って人差し指を唇に当て、
堅く口を閉ざす仕草までしていた。

恋愛しない理由についてベッキーは、「仕事に差し支えるから」と言っていたが、そんな合理的な理由や冷静な判断だけで恋愛感情を抑えられるものだろうか?

ましてや若い女性だぞ。

スタジオでベッキーが突然泣き出したが、
あれは何だったのだろう…。

筆者はベッキーのような優等生なら、きっとどんな男が相手でも思い通りの恋愛を成就できるはずだと考えていたが、ベッキーが涙を流しているのを見て、ひょっとしたら恋愛は 誰にとっても曲者なのではないかと思った。

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2008年5月 8日 (木)

ノン・フィッツの正体

 
   “人間関係が一番の労働条件” 金子雅臣
 

いまや3人に1人が非正規(!)雇用で働いている時代である。そのほとんどが年収200万円以下だという。

しかし3人に1人というコトは、雇用弱者は未だ少数派、
“一部の嫌われ者”というステータスには変わりない。

社会に適合できぬ者には、何か理由があるはずだ。

ニートのほとんどは小学校から大学までの学生時代にイジメられたり、中退したりした人たちであるとラジオで聞いた。

子供の頃イジメられっ子だった者は大人になっても弱いのであろう(-_-;)

みんなは弱い人が嫌いである。よくテレビのイジメ討論番組などでは、「弱いのはイジメる側だ。自分に自信が無いからイジメるんだ」というような意見を聞く。たしかにその前提は正しいが、結論は間違っている。弱いのはイジメられっ子 ・ イジメられ大人の方であるはずだ。

大概の場合、イジメる側の人間の方が甲斐性というか、元気で知能が高く、ニコニコしていて、スポーツも出来、セックスアピールに溢れているのは事実である。

みんなはイジメる人に魅力を感じ、イジメられる人には不快を覚える。 この、理性では抑えきれない激情は、大人の世界では暗黙の了解や礼儀作法の中でより強力に、陰湿に表現される。

何度も言っておく。みんなは弱き者、能力なき者が嫌いなのである。

感情的に嫌いになっている者を、理屈で説得することができるだろうか。

最近ではニートだけでなく、フリーターや派遣社員の若者たちも軽度発達障害者だと噂されている。

先天的な障害だとしたら、彼らは無理して多数派におもねったり、空気読もうとしたり、礼儀正しくしたり なんて、しなくてもいいんじゃないの?

若者こそが時代の価値を問うべきだ。君たちが個人主義の文化を開拓し、何者も排除しない合理的な社会を建設するのだ!

    目覚めよ! 嫌われ者の若者たち。
 

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2008年2月18日 (月)

自閉女子。

“やっぱ35(歳)まわると、お母さんの羊水が腐ってくる
 んですね、ホントに(笑)”
                    倖田來未(25歳)

1月30日午前1時から放送されたニッポン放送『倖田來未のオールナイトニッポン』というラジオ番組で飛び出した問題発言。

批判が相次ぎ、倖田來未側はニューアルバムのプロモーション活動を自粛、CMキャラクターを務める化粧品のホームページは閉鎖となった。

「腐ってくる」の他、「汚れてくる」とも言ったそーな。

番組のトーク中、結婚したマネージャーがいつ子供を作るのかという話になり、問題の失言をした後に「…だから、できれば35歳ぐらいまでに子供を作って欲しいなって話をしてたんですけど…」と続けたらしい。

なるほど、発言の真意は「高齢出産するべからず」か。

それにしても論拠がデタラメすぎて、皮肉屋の筆者でもこのユーモアは意味が分かるまで時間がかかった。
巷ではかなりヒンシュクを買ったらしい。「デリカシーが無い!」と。

しかし荒唐無稽な口実を作ってでも、これぐらい強烈に「高齢出産するな!」と警告しなければ高機能自閉症の女性には伝わらないのではないか。

我らが“自閉女子”たちは、オブラートに包まれた指示を理解できない。障害のせいで忖度不能なのである。

「高齢出産は危険だよ」と言われても、「あ、そう。危険なのねぇ」としか思わない。「危険」の裏に込められた「マル高になるなよ」という冷たい真意を汲み取れない。

はっきり言ってもらわないと気づかないワケだが、いか
んせん 定型発達者は 敵意が無い限り 批判するのが
苦手
他人に対して「○○ しちゃダメ!」とは言えない
のである。(逆に敵意が有るときは積極的な批判を隠れみのにして暗に攻撃してくるのだが…(-_-;) )

そこでクゥちゃん(倖田來未)は一計を案じたのではないか。すなわち高齢出産を批判せず、代わりに高齢出産は不可能であるとウソをついて、巷の“自閉女子”が空気読まずに高齢出産するのを制止してあげた、みんなから嫌われるのを防いであげた、KYの芽を摘んだ、

         …というのは筆者の考えすぎだろうか?

 
        がんばれ!自閉女子。

 

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2007年10月11日 (木)

働きマン

 働きマン』といえばアニメ版を2回くらい観たことがある。1回だったかな?

多数派は毎週欠かさず観ていて、原作コミック( 働きマン (1) (モーニングKC (999)) )まで買っているらしい。
昨日から始まったドラマ版も欠かさず観るんだろうな。

あんな話は知能の高い人々のゼイタクな悩みである。

生活は出来て当たり前。
家族と一緒に居られて当たり前。
恋人も出来て当たり前で、セックスレスが悩みだ。

みんなの悩みは“高級”なんである。悩みの玄人だ。

嫌われ者の筆者が望むのは最低限の生活保障だけ。

第一話の劇中、22歳の新米記者が「オレがアポとるよ」と言ってサラッと外務大臣(!)への取材を取り付ける場面があった。筆者が22歳のときは「アポ」という言葉すら知らなかったのに。

30歳になった今でもちゃんと挨拶が出来ない。白痴である。

いや、挨拶する以前に他人と目を合わせることが出来ない。健常者からみれば「なんで出来ないの?」と訝るところだろうが、自閉症の筆者は他人と目を合わせると気持ち悪いのである。せめて職場でのサングラス使用を許可してくれたら…。学校でもずっと同じことを考えていたのだが、まさか自分が自閉症だったとは!

数少ない(本当に少ない!)リピーターの閲覧者諸賢は、オフで筆者に会ったら愕然とするだろう。白痴のような30男に。

障害者には決められた“身の処し方”がある。それはどんなに虐待されても尚、依然として無批判に「みんなと同じように働きたいです」と健気に表明してみせることである。その社交辞令をやらないニヒルな、正直な障害者は支援者からも誤解され、嫌われ、陰湿なイジメに遭う。

筆者はここに断言する。人格を伴った一個の尊い人間が、虐待されてまで働く必要は無い。我々がニートなのは疎外された結果なのだ。弱者や個人に責任は無い!

筆者が働きたくないのは、働かせてもらえないからだ。

働かないマン、弱者モードON! 女スイッチ入ります。

 

>筆者が22歳のときは「アポ」という言葉すら
>知らなかったのに。

…よく考えてみたら、筆者は高校時代、松村邦洋の
「アポなしロケ」に爆笑していた。「アポ」知ってました!

      いい加減なこと書いてゴメン(>_<)

しかし誰から教わるでもなくいろいろな外来語を知っているのは不思議だ。これではリクツの法則に反する!

オデにも、少しは甲斐性があるってコトかなッ (^0_0^)

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2007年7月20日 (金)

弱者の結婚

関西テレビ制作のTVドラマ『 僕の歩く道 』では、自閉症を取り巻く人間たちのリアルな描写がけっこうあった。

特に第五話の結婚のエピソードはリアルに徹し、冷厳である。

知的障害のある31歳の自閉症男性・テルが、幼馴染の健常者女性・ミヤコちゃんと結ばれない

ミヤコちゃんは妻子ある甲斐性者と不倫しており、この俗物との略奪婚を果たしたのだ。エリート同士の結婚、都会的で洗練されたお似合いのカップルである。

10才児の知能しかないテルが母親に
「僕も結婚するの?」と訊ねると、母親は泣いた。

息子は一生結婚相手に恵まれないのだ。
母としては悲しかろう。

筆者は邪気の無い人間を高く評価するが、多数派の定型発達女性は知能の低い自閉症男性など相手にしない。当たり前だな。これはセックスアピールの問題だ。

昔、筆者が定型発達(?微妙)の女性に交際を申し込んだところ、「あなたは良いことをするときはすごく良いことをするけど、悪いことをするときはメチャクチャ悪いことをするから付き合いたくない」と言われ、断られた。当時の筆者は自分が自閉症とは知らなかったから、 彼女の言った意味がサッパリ分からなかった。オデは悪いことなんかしてないのに。っていうか逃げ口上だろう。その実、セックスアピールの問題だ。

筆者は男性だから、40才までに20才代の女性と結婚しなければならない。果たせねばみんなから嫌われる。

そして健常者の女性は筆者が悪いことをすると思っているから、筆者の結婚相手になるのは自閉症の女性しかいない。

20代の美人アスペルガーはとっくに“売り切れ”だろうから、筆者のところへ来るのは不細工カナーということになる。

と、ここに至ってやっとみんなが弱者を嫌悪する気持ちが分かったような気がする(-_-;)

感情よりも理性が正しい。それが当為なのだが。

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2007年7月18日 (水)

オールドミッス

門松は、冥土の旅の一里塚。

みんなの文化では、若くないことは恥とされる。

特に女性の場合は恥を通り越して犯罪とみなされる。そういう暗黙の了解がある。それが健常者。

だから筆者は若い子としか付き合わない。筆者の趣味ではなく、みんなに嫌われないための予防線だ。

例えば、映画『 モーツァルトとクジラ 』に登場したイザベルは微笑ましいほどチャーミングだったが、しかし、あの30代の女性が実在していたとしたら話は変わってくる。ドナルドは彼女を好きになってはいけない。

みんなは年齢とステータスを気にするから、30代のオバハンと付き合うような男はバカの甲斐性ナシだと思っている。

実際の甲斐性ナシ当事者の男性たちはセックスアピールのある女性なら何歳でもOKと思っているが、多数派の甲斐性アル男性たちはディテールや世間体にこだわる。恋愛もファッションに過ぎない。

こういう暗黙の(あくまで暗黙の)格差は恋愛以外でもよく見られる。

多数派にとってクルマは移動手段ではない。こだわりの悪趣味、ステータス・シンボルなのである。どれだけ立派なクルマを持っているかで人格評価が決まる。社会生活の糧だ。そういう不文律が社会人にはあるのだ。

筆者も空気を読んで、自転車で無邪気に走っているところを知人に見られないように気をつける。社会への配慮、デリカシーというヤツだ。

だから30代以上の独身女性は無邪気に独身男性と会ってはいけない。彼らは言葉にしないだけで実は迷惑なのだ。そういえば筆者の好きな伯爵も29歳の土壇場で滑り込みの電撃再婚を決めた。空気読んでる。やっぱり俗物なのだ!

石田衣良が「ひきこもりも障害としてケアすべきだ」と言っていたが、嫌われ者のハイミスも「発達し過ぎ障害」として守られるべきだ。みんなの悪意から。

障害者であることを恥じてはならない。

30代以上の独身女性閲覧者諸賢、
(文化が)美しいあなた達を弱者、少数派、
ジヘイ騎士団の仲間として迎えます。

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