ふしぎだね!?定型発達のおともだち

2008年12月 5日 (金)

本当のルール

 
        “清き水に太陽は宿らない”

                 ジョージ・リークツ監督

 
今回は“立派な社会人”の本質について語ろうと思う。

筆者が生まれた年に、井上陽水、研ナオコ、にしきのあきら、内田裕也、ジョー山中、桑名正博、内藤やす子、上田正樹 などの有名人が大麻取締法違反で芋づる式に逮捕された。

大麻で逮捕されたセレブリティーは他にも多数おり、

長渕 剛、美川憲一、コロッケ、勝 新太郎、カルーセル麻紀、萩原健一、加勢大周、いしだ壱成、槇原敬之、
サザンのギタリスト(ドリカムのキーボードは覚せい剤)、ミッキー吉野、柳ジョージ、ポール・マッカートニー、カルメンマキ、ヒデとロザンナの息子…etc.

大麻セレブだけでも枚挙にいとまが無いが、これに
覚せい剤セレブまで加えると何人になるかな?

エリートの定型発達者にとって大麻は常備薬だ。

大学生、サラリーマン、企業家、医師、弁護士、作家、
プロ野球選手、プロレスラー、相撲取り、ミュージシャ
ン、俳優、プロテニス選手、元AV女優、元超能力者、
元いいとも青年隊…etc.

大麻は別名 マリファナ、ガイシャ、葉っぱ、草、グラス、ハーブ、ウィード、梵(ぼん)…隠語が大好きな日本人。 一億総ギョーカイ人!

モテる若者や勝ち組社会人にとってのファッション・ドラッグ、パーティー・ドラッグ、ラブ・ドラッグといった犯罪行為は、日本人にとっての「空気」や不文律のようなもので、ソレと無関係な大人は「幼稚なバカ」ということで疎外・排斥されてしまう。

中学生のタバコと同じだ。 喫煙するのは決まって
スクールカーストの上位グループである。

加勢大周が初めてドラッグを買ったのは高校生の頃
というから、タバコぐらいで驚いていてはいけない。

「なんでそんなもの吸うの?」と無邪気に質問したら
必ず嫌われる。 バカ扱いされる。 出世は無い。

いわんや大麻を吸っているような洗練された(!)友達を責めるなど、社交の意味では愚の骨頂、沙汰の外である<`ヘ´>

真面目な人間が報われる社会ではないと知れ。
ただ器用な俗物だけが得する社会なのだ。

教育やジャーナリズムによって流布されているモラルは全部うわべだけのウソと知れ。

「本音と建前の使い分け」ってヤツだ。

暗い子は嫌い。それがみんなの真情。

みんなの仲間とりわけ”モテる人”“洗練された大人”になるための暗黙のイニシエーション、それが大麻という
“ちょいワル”なのである。(違法行為)

「清濁併せ呑む」ってヤツだ。
子供に善悪の判断を教えるのは例によってタテマエに過ぎない。 高学年の子供は立派に“空気読む”!

水至りて清ければ魚棲まず、人至りて賢ければ友なし

曲がらねば世が渡られぬか、マジョリティー!

本稿参考文献『芸能人の麻薬逮捕一覧表

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2008年9月26日 (金)

理知混同

理屈の正しさと知識の正確さは似て非なるもの。

理論の整合性とデータの信憑性は別モノなのである。

ところがほとんどの人は 「正しい理屈=正確な知識」 と
勘違いしている。

抽象的な説明と具体的な事物を混同しているのだ。

「男はみんなスケベ」 という情報は、データとしては不正確で 間違ったものだが、理論としては合っている。

同じような混同は他にも多く散見され、例えば「頭がいい(知能が高い)人は論理的な人で、頭が悪い(知能が低い)人は感情的な人である」という何気ない思い込み。これなどは最も非論理的な迷信といえよう。

論理的であることと知能が高いこととは関係が無い

むしろ思考しない“器用な奴”、記憶型の知能に優れた人間がみんなにとっての“頭のいい人”なのだから、それは思慮深い「論理的な人」とは別モノといえるだろう。

知能の高い人はとかくプライドが高く、理不尽に怒る。
知能の低い人は概して心が優しく、話の通じる相手だ。

要するにオデが知識を間違えても許してねってこと(爆)

参考文献なんかありません。権威のお墨付きも、学問の裏づけも、統計データも、リサーチ結果も、ナニもナシで語っております<(`^´)>

…それでも正しい意見は、正しいのだッ!

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2008年7月12日 (土)

多数派の趣味

「趣味は自由だ」なんて、大ウソである。

以下 ウィキペディアより抜粋。

趣味は個人的な嗜好でありそれ以上でも以下でもない。

しかし人の評価を行う場合に趣味を重視する場合があ
る。この場合、趣味が人の社会的な付加価値に繋がる
ことになる

趣味の種類によって社会性の評価にプラス・マイナスと
なり、その影響を考慮して趣味を選択する人もいる。そ
の一方で、一般に評価が高くないとされる趣味をもつ場
合は、当人に対するネガティブな評価にも繋がる事が
あるために、その趣味への関心を表面的に抑えるよう
な行動が近年認められる。

自らの動機よりも人からの評価を高めるために趣味
を求めようとする人もいる。

手早くある一定の技能を身につけようとする際に利用
される 文化教室(カルチャースクール) の側面を指して
「これらはコンプレックス産業の一種」と指摘する人も
いる。

批判を受けやすい趣味も存在する。日本人男性の場合
であれば、音楽・芸術系を除く
インドア系の趣味をもつ
者は好印象を受けない
場合がある。

…重要な問題提起である!
定型発達の文化ではカリスマ以外の個人の考えには
何らの価値も無いのである。趣味も“幕の内弁当”!

みんなで同じものを消費し、あまつさえ
それを「自分の趣味」と言い張る

           (;O;)

「人それぞれだから…」
「みんな違って、みんないい」
                  …全部、大ウソ!!

 
彼らが個性として認めるのはスキルだけである。

 
くたばれ変節発達! くたばれ多数派!
悪人はこの世から消えてくれ!!

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2008年6月22日 (日)

命ハラスメント

   “一人殺せば殺人者だが、何百万人も殺せ
    ば征服者になれる。 全滅させれば神だ”

           ジャン・ロスタン(フランスの科学者)

 
ルサンチマンの孤独殺人および続・ルサンチマンの孤独殺人という記事では、秋葉原の通り魔大量殺人事件について取り上げた。

第1弾を書いたとき、筆者は「こんな記事、どうせ誰も読まないだろう」と高をくくって、やっつけ仕事でパッパッと書いてサッと投稿した。端からレスなど期待せずに…。

ところが蓋を開けてみると、ありがたいことに閲覧者の方々とかなり議論することができた。まずは感謝する。

しかし「殺人は無条件に悪い!」と言いたげな多数派の閲覧者たちの猛反論に、筆者は妙に馴染みある違和感を覚えた。

前からず~と不思議に思っているのだが、みんなは
理由も言わずになぜか命を大切にする

自分の死を恐れるということ以外に、自分が嫌っている相手にも死んでほしくないと願うのである。

まことに面妖、怪奇である。

そのくせ虫は平気で殺す。徒にでも殺す。みんなは
知能の高い動物の命ほど大切に扱うのである。

曖昧な理解が出来る定型発達者は、きっと“何か”を
感じ取っているのだろう。

そして その“何か”を言葉にして表した者はいない。

自分の敵であっても知能が高ければ滅ぼしては
いけない
理由とは一体何か…? 要するに、

 
 なぜ強者の命ほど尊重するのか?

 
    この謎、“定型発達七不思議”に加えよう。
 

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2008年2月15日 (金)

パソコン・スキル

「オレ、パソコンのことは全然わかんねぇから(^_^;)」

って言う人が多い。しかし、そういう人と実際に接してみると、概して中級レベルのPC操作スキルや専門知識がちゃんとある。

本当に何もできない人はというと、言い訳せずに
黙っている。

これはパソコンに限った話ではないが、上級レベルのスキルや知識のある人だけが「オレできる」と説明する。実に奇妙な現象だ。

上級者だけがスキルの当事者であることを自ら認め、他の者は無関係を装う。

結果、凄いスキルを持った「当事者」と無知を装った「局外者」だけで構成された強弱二元論の様相を呈する。必ずそうなる。

みんなはなぜ、そんな不思議な体裁を取り繕うのか?

         ?

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2007年12月21日 (金)

健常者のテーマ・ソング

作詞: 櫂土 肉

       『あの子は定型ちゃん』

 
      あ~きれたッ あの子は定型ちゃん♪

         知能が冴えてるフリしても、

         理由も理屈も言わない子♪

 にぎやか大好き、(みんなと同じ)おしゃれも大好き♪

         明るい笑顔があればよい♪

         批判がなければそれでよい♪

       カスッ子、グズッ子、落ちこぼれ(を)

      ヒジ鉄、ヒザ蹴り、パンチにビンタ~♪

      みんなのプレッシャー、自閉の批判~♪

         それでも定型は今日も行く~♪

 
              ~ 2番 ~

        あのねのあの子は自閉ちゃん♪

          爽やかサラリとしていても、

          立派な理想を持ってる子♪

       気取り屋嫌いで、ウソつき大っ嫌い

         話せばいいのに叶わないッ!

        話せばいいのに許されないッ!

        ボケッ子、ドジッ子、ミソッカス♪

        首投げ、飛び蹴り、四の字固め♪

      家族の無理解、みんなのイジメ! (-_-;)

        それでも自閉は今日も行く~♪

 

↓あさりちゃんの歌手(キューティーハニーの歌手!)

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2007年11月 7日 (水)

変節発達!“時弊症”

先頃、オールドニック博士の研究チームは健常者の脳に異常なセロトニンの分泌があると発表した。

この論文によると、過剰に分泌されたセロトニンが多数派の中枢神経を刺激し、少数派なら当たり前の真実を探求する機能に障害が起こる。

結果、ホンネとタテマエが一致しなくなったり、法律よりも不文律に従ってしまったり、義理よりも人情を優先したり、礼儀作法にうるさくなったり、原理原則を無視したり、といった極めて重い症状に見舞われるのだそうだ。

こうした研究を踏まえ、現在では健常者とパワハラの関連性を指摘する専門家も多いが、いずれにせよ、多数派の変節発達者たちが弱い者イジメに大きく関係していることは間違いないだろう。
                     Reported by ODE

健常者という「人格障害」に翻弄された精神障害者の現代史

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2007年10月18日 (木)

ファッション・センス

 “ファッションとは、そそのかされた流行病である”

                ジョージ・バーナード・ショー

 
ファッションの秋である。

他人や社会からどう思われようと、自分に似合うスタイルこそが洗練されたファッションであると筆者は考えていた。

ところが定型発達の文化では、似合っていなくてもみんなと同じ格好をするのが「洗練されたファッション」と決まっている。

このことに気付くのに三十年かかってしまった…(-_-;)

似合っているかどうかは問題ではないのだ。そんなことを論うヤツはKY(空気読めない奴)、つまり嫌われ者だ。みんなの不文律を知れ!

では何が問題にされるかというと、社会性技術水準である。みんなの高い“ファッション・テク”に追いついているかどうかを見られる。

もし追いついていなかったら…、技術水準の低さが露見したら…、知能が低いことがバレたら…、

所属している集団を追い出されることがほぼ確実となる。

くどいようだが似合っているかどうかは問題にされない。ちょっとでも本質的なことを言えばKYの無粋者として退けられる。「清き水に魚棲まず」である。

定型サンと筆者とでは、「洗練」の定義が違うようだ。

どっちの定義を信じるかは、あなた次第です(-。-)y-゜゜゜
                      ↑セキルバーグ口調

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2007年9月 9日 (日)

インテリジェント・アニマル

知的障害者が単純なオブジェを作ったら、健気さを誉めてもらえる。

これと全く同し作品を健常者が作ったら、薀蓄が無いことで嫌われる。

みんなが尊重(偏重)するのは知識量と技術水準であり、センスや良識なぞは一切問われない。

試しにみんなの前で難解なパズルでも解いてみせよ。必ず好かれる。やってみれば分かることだ。人格の悪さなど全く問題にされない。よしんば悪く思われても責められることは絶対に無いと断言できる。

白痴はオブジェを、動物は芸を、子供は勉強を、女性はセックスアピールを、老人はカネを、障害者は健気さを求められる。

その要求に答えられない弱者は必ず迫害、排斥される。

みんなはプロや芸能人が好きで、堅気の素人は嫌いである。

みんなにとっては集団や知能の高さだけが価値なのである。

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2007年8月15日 (水)

自然嫌いの日本人

いつぞやアスペルガーとしか思えない職場の同僚が、「日本人は自然を破壊する!」と嘆いていた。

当時の筆者は彼の言っている意味がよく分からなかったが、ひょっとすると、森林伐採とかそんなレベルの話ではなかったのかも知れない。

定型発達者が「自然であること」を嫌い、軽蔑することは自明の事実だ。

定型発達者に好かれる人とは、教育によって加工された人のこと。

純朴な人は定型世界、特に日本では野蛮人でしかない。より世間擦れした、より複雑化した人間でなければ、日本人の仲間として受け入れてもらえない。

ほとんどの場合「不自然」が良いとされる。

血統書つきが良い。
ブランド物が良い。
流行のファッションが良い。
礼儀作法が良い。
多機能が良い。
仕上げに凝るのが良い。
我を出さないのが良い。
意見を言わないのが良い。
ダイエットが良い。
トレーニングが良い。
プロも真っ青!が良い。
グルメが良い。・・・etc.

しかしこういった「不自然」が分相応になっている人は少ない。だから不自然?

定型発達者、とりわけ日本人にとって、似合っているかどうかは関係ないらしい。

「関係の空気」 「場の空気」

口に出せない習慣、不自然な行為

世間の目

人間を幸福にしない日本というシステム

菊と刀―日本文化の型 (講談社学術文庫)

日本という方法―おもかげ・うつろいの文化

冒頭のアスピー(?)同僚は「田舎の農場へ行く」と言っていたが、その後どうなったのだろう?

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